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イラク日本人人質事件

 今日夕方のニュースで最悪の結果になったと報じられていた。あんまり政治についてとやかく言う性分ではないが、今回の政府の対応にはいささか疑問がある。それは、小泉首相がいきなり「自衛隊は撤退しない」とテログループの要求を突っぱねた点にある。
 最初の事件の教訓から、次に同様の事件が起こった場合はかなり危ないと予測できたはずである。また、拉致したテログループの過去の経歴からも同様の予測ができたと思う。それなのに、国家はいきなり突っぱねてしまった。端から人質を見放したとされても文句の言えない対応であった。確かに今どきの若者の身勝手な行動で国家の威信に関わる活動が妨げられ、莫大なお金がかかることになるかもしれない。しかし、人間の命はそれにかえられないものではないだろうか? 何があっても国民の生命を守るのが、国の第1の使命ではないだろうか?

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余震

今日10時40分頃大きな揺れが来た。熱い会議もいっぺんで終了してテレビの前に駆け込む。うちでこれだけ揺れてるんだからさぞかしと思うと、案の定中越地方は震度6弱の大きな揺れだったらしい。10万人以上の被災生活が続く中、早く平穏な日々に戻ってほしい。
また午後からは行方不明だった親子連れが生存していたとのニュースに職場内も湧いた。何としてでも無事に助けだして欲しい。レスキュー隊のみなさん頑張ってください。

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災害支援

 受難続きの新潟県です。新潟県中越地震。今年は水害、台風、鯉ヘルペスとか降霰害とか他にもいろいろあったと思いますが、まさかこんな形で災難が続くとは思いもしませんでした。新幹線、高速道ともストップし、道路が寸断されて孤立状態の集落も数多くあるそうです。私の上司は小千谷市の人ですが、家中家財道具が散乱して寝る場所もないような状態になってるそうですし、うちの親戚も越路町におり、直接は連絡が取れない状態が続いています。
 そんな中で今日は救援物資の積み下ろし作業の動員がかかり、新潟空港にお昼頃から夜8時半まで詰めておりました。なにせ陸路が絶たれているものですから、空路でないと物資を届けることができません。食糧や水など集まった救援物資をここで各地域に仕分けして自衛隊のヘリコプターに積み込みました。作業は若い自衛隊員と一緒になってとにかく人海戦術でした。救援物資には、パン、カップラーメン、乾燥米飯、缶詰弁当、水などに加え、別の組がビッグスワンの駐車場で自衛隊の炊き出し用トラックを利用しておにぎりを作っており、それもみんな新潟空港に一旦集めて分荷しました。
 業者さんからの支援物資は決まった段ボールやコンテナに入っているので積み込みやすいのですが、炊き出しおにぎりは自前の段ボール箱に入っているため、箱のサイズや入っているおにぎりの数がまちまちで、何千個欲しい、という数に対して「平均梱包数×箱数」といったけっこう大雑把な計算で分荷しておりました。箱のサイズが違うと積み上げるのも大変です。箱には入っているおにぎりの個数が記入されていましたが、同じ個数でも箱によって随分重さに違いがありました。
 私がパンを運んでいるときに側溝をふさぐ網板に台車の車輪を引っかけてひっくり返してしまったのですが、一緒に作業している大勢の人たちからさっと手が差し出され、あっという間に台車を立て直してパンもコンテナに戻してもらったことが嬉しくもあり、感動的でした。
 私たちの作業の手伝いは今日のお昼頃からだったのですが、朝5時からの人たちもいて、昨日の作業も12時までやっていたそうです。作業員は交代だから良いのですが、指示する人は昨日も今日も朝からずっとのようで大変そうでした。基本的な指示は災害対策本部から来るのですが、本部もてんやわんやのようで一旦出された指示の取り消しや変更もけっこうあったようです。とはいっても、避難場所での食料不足が伝えられており、ニュースで朝パン1個と夜おにぎりだけだったなんて話を聞くと、疲れたなんて言ってらんないでしょうね。私たちも今日一所懸命積み込みをやりましたので明日はきっと大丈夫だと思っています。
 この積み込み作業も夜にはトラック便に切り替わり、陸路も急ピッチで復旧しているようです。救援物資の段ボールには「ガンバれ!新潟 舞鶴」などとあちこちからの応援のメッセージが書き込まれているものがありました。今日は雨も降り、寒さが増しています。まだ余震も続いていますが、被災地のみなさんには是非ともガンバって欲しいと思います。

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富山県山岳警備隊、がんばれ竹林隊員

 金曜夜のNHKテレビで北アルプスの立山で活動する富山県山岳警備隊新米隊員の現場での活躍、訓練及び成長の様子が放映されていました。数年前に家族で登った雄山、その時立ち寄った一の越の山荘も映されて懐かしさでいっぱいになりました。
 思えば、私の登山の原点も立山でした。大学1年の夏休みに初めて登った立山。称名の滝から大日岳を経て別山、雄山への道程は今も鮮明に記憶に残っています。あの夏山に登りたい! 今日はテレビを見ながら本当にそう思いました。今年の夏は膝を痛めて登山できなかったんですよねえ。来年こそは必ず登ります。
 それにしても山岳警備隊はホントに大変です。山を愛する者としてはできればお世話になりたくないですね。富山県山岳警備隊関連の本があります。→谷口凱夫著「アルプス交番勤務を命ず」山と渓谷社刊。山岳警備隊を取り上げたマンガもあります。→紅林 直著「山靴よ疾走れ!!」全5巻集英社ヤングジャンプコミックス。秋の夜長に読んでみてはいかが?

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トラブル

バス旅行の続きです。1日目の日程を終え、宿へと走りだしたら何か変。信号で止まるとなかなか発進しない。そのうちきな臭い匂いが。クラッチが滑ってつながらないのが原因でした。
修理工場を見付けて転がり込んだのですが、修理には1週間以上かかるそう。結局宿から迎えに来ていただき、翌日は別の会社のバスを使うことになりました。宿への到着も随分遅くなりました。
ここで普通は怒ったり、料金を負けろと言うのでしょうが、うちの連中は、こんなハプニングがないと旅行も面白くないなどとけっこう楽しんでいました。

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バス旅行

職場の仲間でバス旅行に来ています。昔は全員で土日にバスで温泉旅行したものですが、最近は若者などは上司との付き合いがいやなのか、参加者が少なく、やらなくなりました。
私は割りとバス旅行が好きで、上司の意外な面が見れたり、幹事で頑張ると夜の温泉街に連れ出したりしてくれるのが好きでした。
今は職場のために骨を折る部下もそういう部下を盛り立ててくれる上司もいなくなったのかと思っていたら、今回はけっこう若い人も出てくれて、まだうちの職場も捨てたものではなさそうです。

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苗場山

小3の娘を連れて登ってきました。登山口では調子の良かった彼女も歩き始めて10歩も進むと見る見る不満顔になり、疲れた休もうを連発。連れもいたので今更引き返す訳にもいかず、叱咤激励して歩かせました。
どうやら始めてはいた兄のお下がりの登山靴が重かったらしく、徐々に歩けるようになり、神楽ガ峰から山頂までの最後の急登は彼女の方が早かったくらいです。
他の皆より1時間程遅れて到着しました。心配して後30分遅れたら迎えに行くつもりと言ってくれた本間くん、暖かい励ましの言葉をかけてくれた皆さん有難うございました。

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祖母が亡くなりました

9月30日の早朝に母方の祖母が亡くなりました。満93歳なので大往生と言えるかもしれません。6月末に会ったときは、元気とは言えませんでしたが、ちょこんと座ってテレビを見ていた姿がまぶたに残っています。
小学生の頃は、夏休み、冬休みというと、祖母の所に預けられ、一緒に過ごしていました。スイカ畑に連れて行かれ、その場で割ったスイカを食べたこともあります。生ぬるくてあまりおいしいとは思わなかったような・・・。高学年になると怒られてふてくされていたこともあったと思います。母が倒れたときに食事を作りに来てくれていたこともありました。
祖父は30年くらい前に不慮の事故で亡くなっていますので、ようやくあの世で一緒になることができますね。久しぶりに会った二人は何を話すのでしょう? ばあちゃん、達者で・・・

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