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マーケティングはお客さまづくり

先日マーケティングについて博報堂の方を講師にお話をお聞きする機会があった。「市場」を「いちば」と読むのと「しじょう」と読むのでは意味が違うことから始まって、身近な車の話を題材にお客さまには既存と潜在の顧客がいること、農業関係でだけお客さまのことを「消費者」などと使ってなくす者のような呼び方をすること、「売れる米づくり」という言葉は自分達農家側の立場で言ったものであり、全くお客さまのことを無視した言葉であることなど、受講生の席に入り込んであちこち当てまくりの目から鱗の講演でした。

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ガラスにひび

 購入したばかりの(とはいっても中古)車のフロントガラスにひびが入っていました。いましたというのは、何で入ったのか原因がわからないからです。
その日は、朝通常出勤、そしてお昼に再度乗ったら、フロントの下の部分に光るスジガ。よく見たらひびだったわけです。
 早速購入した車屋さんに持ち込んだら、ガラスを止めている下枠の中から走っているそうで、始めてみるケースだと言われました。
ガラス屋さんの話では、小さな砂粒が枠との隙間に入り込んで割れる例がここ最近見られるとのこと。いずれにせよ手痛い出費です。

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 今日も雪が降っている。ここ新潟の平場でも田んぼは真っ白だ。いつも行く妙高の宿からは、雪が多すぎるので2月中は来るなとの連絡をもらった。
学生時代も新潟にいたおかげで全国どこでも冬は同じように雪が降っているものと思っていた。だから、勤めて2月の出張で東京に出かけた時はカルチャーショックであった。国境の長いトンネルを抜けるとドピーカンであったのだ。
真冬でも大陽サンサンの関東地方を羨ましく思うこともあるが、夏の豊富な水やうまいお米、新潟の風土はこの白く覆いつくす雪のおかげだと思っている。

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山古志村ふたたび、その3

地震当日に村は壊滅状態に陥り、役場の機能も停止してしまったので、外部には全く情報が伝わりませんでした。夜明けと共に上空をヘリが飛び回り、人々も動きだして被害の様相が明らかになってきました。
ヘリの数が多すぎてどれが助けてくれるのか、どれが報道なのかわからず、とにかく怪我人のいることを伝えました。ヘリは800Mほど離れた闘牛場に着陸し、そこまでの道もあちこち寸断された中、あるもので担架をこしらえ、怪我人を運びだしたのでした。
私の手元に標題の写真集があります。再び村に還れるよう皆さんで応援しましょう!

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山古志村ふたたび、その2

電気が消えた集落はどこになにがあるかわからないくらい真っ暗。道具を取りに建物に入ろうにも次々襲ってくる余震に恐くて入れません。懐中電灯2本くらいしかなかったそうです。
暗い中とても動くことはできませんので、先輩の大きな車を安全そうな場所に移動して足腰の弱ったお年寄りに乗ってもらい、他の人たちは近くに焚き火をして一晩を過ごしました。
村の人たちにとって命の次に大事な錦鯉。中には奥さんが挟まれて助けを求めているのに、鯉を見に行くと言って、周囲に止められたお父さんもいたそうです。→つづく

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山古志村ふたたび

中越地震の際、山古志村にいた先輩の話を聞くことができました。先輩は以前山古志村に赴任したことがあり、この日は旧交を温めるため訪問していたそうです。
その瞬間は立っていられず、四つんばいになって建物から這い出したそうです。地震の時のマニュアルあるけど、あまりのことに火を止めるとか、ガスを切るとか、とてもじゃないけど余裕なんてなかったそうです。
本震で訪ねた家は半壊、他の周囲の家は全壊状態でした。両足挟まれて骨折した人、風呂に入っていて難を逃れた人、よくも死者が出なかったものです。→つづく

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わかさぎ釣り

職場の有志で裏磐梯に来ています。今日は釣り組とスキー組に別れて1日遊びました。
うちは子ども連れでわかさぎ釣り組に参加しました。10時過ぎくらいからはじめて、夕方までに多い人で100匹強、少ない人でも30匹くらいの釣果がありました。
氷にぽっかり開いた小皿くらいの大きさの穴にするすると仕掛けを垂らし、あとはときどき誘いながら引きを待ちます。湖面のはるか下の水中で、目の前にぶら下がったサシに対してどんなドラマが展開してるのか、少し思いを馳せながら、一生懸命さおをゆらしたのでした。

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