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ジベタリアン

駅のホームで電車待ち中です。向かいのホームをふと見やると、白線のところに完全に尻をついて座り込んで電車待ちしている女の子がいました。
それにしても早く来ないかな、電車。既に20分以上遅れています。20050629_1851_000.jpg

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干ばつから一転警報

このところの極端な天気の変化には驚くばかりです。例年、6月10日過ぎくらいに梅雨に入るのに今年は全然雨が降らず、梅雨明けしたような暑い日がつづき、ようやく昨日梅雨入りしました。それも、警報が出されるような状況です。
昨日は一杯飲んで遅い帰宅だったのですが、電車のドアのすぐ脇に座っていたら、ドアが開くたびに雨風が吹き込んでいました。
朝近所の川を眺めると、すぐ川の脇の側道は水没し、川幅が通常の3倍になっていました。

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ホタル舞う

夕べは、環境コンサルなどの仕事をしている友人に、ホタル保全のための水路を作った栃尾市の集落に連れてってもらいました。
田んぼの基盤整備をする際にコンクリの水路にしてしまうと、もうそこにはホタルは住めません。この集落では元もと水路にいたホタルを集めて、別の水路に放したり、飼育をして維持し、その間に水路をコンクリではなく、石を敷き詰めてホタルの住める水路で改修したのでした。
ホタルの他にも絶滅危惧種のホトケドジョウなども住むホントに小さな水路上に、夕べは20匹程のホタルが舞い飛んでいました。

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ホタル狩り

22日夜、近くの秋葉湖に家族でホタルを見に出かけてきました。
ここは地元のホタルの会が5〜6年程でしょうか、ゲンジボタルを放飼しており、その後定着したとしてここ2年くらいは放飼をやめたと聞いていましたが、その場所では全くホタルを見ることはできませんでした。
しかし、意外にもトイレのすぐ脇の、草はボウボウなのですが、少し開けた川筋に10匹ほど見ることができました。
ホタルが発生するためには、川にある程度日が差し込んでカワニナの餌となる藻が繁殖しないとダメだそうです。なるほど、そういえばあそこは暗いなあ

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古民家で1泊

旧松代町の貸し民家みらい2号館です。1号館は薪で湧かすお風呂があり、人気があってなかなか取ることができません。2号館のお風呂もオープンにすると、解放感があって素敵です。20050619_1304_000.jpg

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囲炉裏を囲んで

旧松代町の民家で囲炉裏を囲んで一杯やっています。地元の山菜料理も差し入れしていただきました。あとはどぶろくを待っているところです。

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田んぼの生き物

旧松代町に来ています。ビオトープと化した田んぼには、コオイムシ、タイコウチ、ガムシ、たくさんのヤゴなど生き物が豊富にいました。タニシも多かった。まだホタルは出現してないそうです。20050618_1632_000.jpg

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ふるさときゃらばん長岡公演

「パパの明日はわからない」たった今終わりました。チケットを買ってくれたみなさん、ありがとうございました。シバとあすかちゃんが色紙のお礼を込めて団員さんとパチり。明日は新潟県民会館であります。最後ですよ20050616_2125_000.jpg

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五頭スキー場跡の植林作業

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今日は秋に植えた木々の周辺の草刈り作業を行っています。ススキがかなり伸びていて木が埋まって負けてしまいますので、鎌や草刈り機で刈り払う作業を行いました。天気もなんとか無事保ちました。

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やまじゅう

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石川県かほく市で宴会中です。ここ「やまじゅう」は、海鮮料理が名物。かにだけでもズワイ、タラバ、刺身、焼きがにが並び、のどぐろ、伊勢海老、えいヒレなどなどテーブル上だけで収まりきれない状況でした!

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久々の電車で駅弁

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ただ今通勤途上の車中です。最近は電車内で駅弁なんか広げてる人をついぞ見かけなくなりました。幹線だからかなあ。今日のお昼は新津神尾弁当の、昨日から売り出したという新作「豚角煮」弁当です。肉が柔かい!

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父の標本箱

 中学校の理科教師だった父は、私が物心つく頃には子ども心をくすぐる様々な道具や標本を持っていた。捕虫網や毒ビン、展翅板などの昆虫採集道具、胴らん、根掘りなどの植物採集道具、そして数々の岩石標本である。その岩石標本の中にヒスイがあった。海岸で拾った丸っこい物でなく、岩を欠いたような切れ端であった。ヒスイと紫ヒスイ(今のラベンダーヒスイ)が一つずつ標本箱に並んでいた。採集地は青海町とあった。
 父が青海町に赴任したのは、私がまだ生まれる前の昭和27~28年頃だと思う。小滝のヒスイ峡は昭和13年、橋立のヒスイ峡は昭和30年の発見というので、このヒスイは小滝のものかもしれない。私が小さい頃はこの石を採集した場所に連れて行って、と父にお願いしていた。そのうち、と言いながら、ようやく今回のキャンプで訪ねることができた。青海町はなくなり、糸魚川市になっていた。
 標本箱のヒスイは今はない。記憶にはないが、たぶん私か弟が持ち出したんじゃないかと思う。標本の残りの大部分は化石や岩石である。今回の宝探しキャンプの際に、フォッサマグナミュージアム学芸員の宮島先生に見ていただいた。小さなラベンダーヒスイのひとかけらが残っていた。淡い紫色のかけらだった。およそ50年振りくらいに日の目を見た標本箱であった。
 父は平成15年12月に亡くなった。

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